十三代将軍家定は、体が弱く、世継に恵まれなかったために、大奥では家定の子種を一刻も早く頂こうとお仕込処という愛戯の訓練所を設けた。ある日、おことが夜伽になることになった。だが、その瞬間、二年前彼女が、旗本大村内膳正たちに犯されたことを思い出し、家定の欲求を必死に否んだ。そんなおことに、家定は他の女たちには無い純情さに、心魅かれるのだった。ある日、大村はおことが大奥にいることを知り、自分の旧悪が知られることを恐れ、秘かにおこと暗殺を企らんだ。しかし、計画は見事に失敗し、逆に大村と組んで権力を握ろうとしていた女按摩おりんたちの悪事が露呈してしまい自滅してしまった。それから数日後、家定とおことは互いの愛を確認しあい、真の喜びの中で睦み合うのだった。
夏の高原を少年が駈ける。蝶のコレクター、伸之である。ここ秩父の山すその町に伸之の母が療養生活を送っており、伸之は見舞いをかねて、蝶を取っているのだった。ギラつく陽光、むせかえる草いきれ。伸之は躰の火照りをおさえきれず、素裸になってマスターベーションにふけり始めた。その時、一匹の蝶が眼の前をかすめた。珍蝶、キマダラルリツバメだ。蝶は少年の体液の匂いを慕うように舞い、飛んでいった。素裸のまま蝶を追って、元に戻ってくると、可愛い少女が伸之のシャツとズボンを着けて駆け去っていった。数日後、伸之は、あの少女、ルリ子からの手紙を受け取った。精神病院に無理矢理監禁されているので助けてほしいというのだった。半信半疑の伸之だったが地図をたよりに出かけて行くと、確かに病院は存在し、ルリ子はいた。伸之は危険を犯してルリ子を救出したが、彼女は気まぐれな蝶のように途中で消えて...
毎朝新聞の事件記者石川汎はある日一人の婦人を見て首をかしげた。その婦人は三年前、社の交換手をしていた高橋朝子だった。彼女は小谷茂雄と結婚しているが、交換手時代ふとした事から殺人犯人の声を聞いてしまった。いまだにその不気味な声が耳について離れず、悩まされていた。彼女の夫茂夫は小心者で、大東京広告社で浜崎社長の部下として働いていた。ある日得意先を招待し、茂雄の家で麻雀をすることになった。薬局の川井、ビリヤード屋の村岡が客である。浜崎の来るのが遅いので、朝子は電話をかけた。電話口からもれて来た声--彼女は例の不気味な声に余りにも酷似した彼の声に慄然とした。三年前の事件を報ずる新聞の、「質屋殺人事件、殺人現場から犯人の声、深夜、偶然に聞いた電話交換手」……などの見出しが甦って来た。数日後、茂雄が浜崎と喧嘩をして血だらけで帰って来た。しかも浜崎は郊外で死体...
いつものように千代は夫と連れだって競馬場へ行った。そこで二人は、土地成金だという競馬狂の柴田と知り会った。翌日、千代は一人で競馬場へ行ったが、偶然、柴田と会った。柴田はゲン直しにと千代に数万円預けたが、その金も千代はスッてしまった。その夜、二人は旅館へ泊まり、結ばれた。以来、千代は家へ帰らず、柴田とともに地方の競馬場廻りを始めた。二ヵ月もたった頃柴田は、実は土地成金ではなく、公金横領の犯人で金は全て使い果たした、と告白し、千代のもとから去っていってしまった。一人になってしまった千代だが、それでも足は自然に競馬場の方へ向いた。ところが、そこには、今は予想屋になっている夫の姿があった……。